耐熱合金の精密加工技術開発

更新日: 2021年12月23日
 
  • 渡邉 洋一*1,家口 心,吉川 穣,久田 哲弥*2
    自動車産業支援部 (*1現 企画・事業推進部,*2現 新産業振興課)
  • 地域企業競争力強化支援事業
  • 事業期間: 平成30年~令和2年 (2018~2020)
耐熱合金の切削加工における最適な油剤の選定を目的として,工具先端の観察と抵抗力の測定を行った。被削材を超音波で加振することによる効果は薄く,その原因の1つとして被削材と加振テーブルの固定が不十分であることが示唆された。エマルジョン状の切削油剤を複数用意して抵抗力を比較したところ,工具の刃数とねじれ角が変わると油剤の効果が変化したため,工具形状によって最適な油剤は異なることが分かった。また油剤の分散状態や粘度が潤滑性能に影響を及ぼしている可能性が見出された。
キーワード: 切削加工 切削抵抗力 切削油剤 耐熱合金 超音波援用加工

1.緒言

宮城県では,世界的な成長市場分野の技術的な支えとなる県内の高度電子機械産業に対して,関連企業の集積や産学官の強固なネットワーク形成を強みと捉え,一層の振興を行っている。成長市場の中でも特に航空機産業やエネルギ産業は,みやぎ高度電子機械産業振興協議会において重点分野と位置付けられている1)。それらの分野で扱われるジェットエンジンやガスタービンには,熱効率の向上という観点から高温環境下での耐久性能が要求されるため,それらの部品の製造には耐熱合金が用いられる2)。耐熱合金は自動車産業においても需要がある。エンジンの構成部品であるバルブやエキゾーストマニホールド,ターボチャージャは,400℃から1000℃までの幅広い高温環境で用いられるため,それぞれの環境で性能が得られる耐熱合金が選定される3)。この他にも原子力分野やプラント業界など幅広い分野で用いられている耐熱合金は,使用される場面に応じてクリープ特性や疲労強度,耐酸化性などの様々な優れた機械的特性を発揮するが4),その最大の特徴である高温強度を有するが故に機械加工が難しい難削材に分類される。切削加工では一般に,加工点における発熱によって被削材の温度が上昇することで材料が軟化するため,低温環境よりも加工が容易になる。ところが高温での強度を有する耐熱合金では上述の説明は成り立たず,加工硬化が生じやすいことや熱伝導性が悪いことも手伝って,工具先端の温度が上昇してコーティングの摩耗が促進されることによる工具の損傷や,加工精度の低下が問題となる5)。以上のような背景から,成長分野において今後さらなる利用が見込まれる耐熱合金の高精度かつ高効率な切削加工技術が求められている。しかし耐熱合金の切削加工は高度な先端技術や研究開発と結びついていることが多く,そのような現場で採用される加工条件の鍵やノウハウが世の中に公表されにくい5)。そのような現状の中で本研究では,県内の高度電子機械産業への技術情報の提供を最終目的として,耐熱合金の切削加工に関する技術開発を行う。

切削加工によって得られる製品の精度や加工の時間的・金銭的コストは,使用する加工機や工具,送りや切込み量,切削点の冷却方法など,様々な要因に依る。中でも,送りや切り込み量に代表される最適な加工条件は加工機や工具の種類に大きく影響されるため,加工メーカがそれぞれで採用している環境によって異なる。一方で切削点の冷却方法については,切削油剤を導入する場合がほとんどを占めており,環境に依らず適用可能な情報が得られやすい。ところが加工メーカの現場では,油剤を一度導入するとその後の交換を行いにくいために,油剤を複数試用して最適なものを選定することが難しい。したがって,県内の様々な加工メーカに共通して有益となる技術情報の提供を目的とする上では,複数の油剤を比較しながら加工実験を行うことで,最適な油剤を選定することやその理由を考察することに意義がある。本研究では,耐熱合金の切削に特徴的な温度と抵抗力という機械的特性を実験的に計測し,それらの結果を用いて最適な油剤の選定を目指す。

本稿は3ヶ年の研究の最終年度の報告にあたる。昨年度までの2年間で,筆者らは切削点近傍の温度及び切削中の抵抗力の計測を行い,加工後の工具先端の摩耗状態の観察結果と照らし合わせることで評価を行ってきた。その結果,工具の欠けと温度の間には相関が認められなかった一方で,抵抗力が大きいほど欠けが発生しやすかったことから,油剤の潤滑機能を司る力学特性への着目が現象の解明に有益であることが示唆された6)

その結果を踏まえ,今年度は最適な切削油材の選定にあたって温度計測は行わず,抵抗力の測定と工具先端の摩耗状態の観察を軸に議論を進める。また研究の最終年度であることから,本研究開始前の状態である工具1本で加工可能な除去量(以下,工具寿命と呼ぶ)1×104mm3,加工能率90mm3/min.に対して,その約3倍となる工具寿命3×104mm3,加工能率300mm3/min.を目標値として設定し,それを達成できるような切削条件についても提案することとする。 昨年度は切削点近傍の温度計測を可能とするためにボール型のエンドミルを採用したが,主に仕上げ用に用いられるボールエンドミルでは高い加工能率を確保できないことから,今年度は汎用性が高く一般的に粗加工にも使用されるスクエア型のエンドミルを用いて加工実験を行う。また,加工中の抵抗力低減への効果が報告されている超音波援用加工についても検証する。

2.超音波援用加工の検証

超音波振動の加工技術への援用は対象の幅が広く,切削加工のみならず砥粒加工や接合加工にも応用が検討されている7)。切削加工に対する超音波援用では,断続切削による切削点近傍への油剤の流入促進や切削抵抗の低減が期待され,難削材への小径穿孔加工技術の開発が平成21年度戦略的基盤技術高度化支援事業に採択されている8)ことを筆頭に,穿孔加工9)や旋削加工10)11)12),小径のボールエンドミルを用いた高精度加工13)14)に対しても研究開発対象とされ,加振の効果が認められている。

エンドミルを用いた切削加工において,工具と被削材の間で超音波振動による相当運動を引き起こす方法には,加工機主軸に超音波振動ユニットを取り付けて工具を加振する方法と,超音波振動テーブルに固定した被削材を加振する方法が考えられる。本研究で対象とする耐熱合金に対しては,直径1.0mmの小径のエンドミルへの超音波振動の付与により,切削抵抗低減の効果が報告されている15) 。ここで,工具と被削材の相対運動を引き起こす上では,工具を固定して被削材側を加振しても同様の効果が得られるはずであると考え,本研究ではその効果について検証を行うこととした。

2.1 実験方法と条件

図1に実験装置の外観を,図2に被削材と超音波振動テーブルの寸法を示す。実験にはアルミニウム製のテーブルを有する超音波発生ユニット((株)クマクラ製,超音波振動テーブルAssist UST-150-20k)を使用し,被削材には昨年度までと同様に,Ni基耐熱合金の1つであるインコネル718材を用いた。両者のねじ固定のために,被削材には60×12×5mmのツバが両脇に設けてある。超音波発生ユニットは,その上部に工具軸方向と同じ向き(z方向)に20kHzの縦振動を発生させ,その振動を被削材まで伝える。本ユニットは発振周波数を振動子の共振周波数に調整して出力50%とした時に振幅が2.3~2.6µmとなるように調整されており,今回は超音波振動を加えない(出力0%)に対して,出力を25%とした場合の効果を検証した。

切削抵抗の測定には3成分切削動力計(KISTLER社製 9257B)を使用し,検出分力の方向成分を切削加工機のそれと一致するように調整して,その上に超音波発生装置を固定した。実験には当センター設置の高速NCフライス盤(東芝機械(株)製 F-MACH442)を使用し,4.0mmのスクエアエンドミルを用いたダウンカット方式で加工を行った。その他の加工条件は表1に示す。

図1 実験装置の外観
図2 被削材と超音波振動テーブルの寸法
項目設定値
工具回転数[min.-1]12000
切り込み量[mm]ap0.5/ae0.1
送り速度[mm/min.]200
切削距離[mm]1200
冷却方法オイルミスト
表1 加工条件

2.2 結果と考察

図3に切削距離に対する抵抗力の変化を示す。抵抗力を方向によって色分けし,実線を超音波加振なしの場合,破線を出力25%の超音波加振を行った場合に対応させた。削る距離が長くなるほど,どの方向の抵抗力も大きくなる。また,スクエアエンドミルの側刃を用いた加工であるため,抵抗力はy方向で最大,z方向で最小となる。さて,超音波振動の付与の有無について比較すると, xy方向については明確な差が認められない一方で,z方向の抵抗力は切削距離が600mmを超えると急激に大きくなった。またその大きさは距離に対する単調増加とはならず,増減を繰り返しながら徐々に増加していった。

超音波加振の有無による工具の損傷の違いを調べるため,マイクロスコープを用いて先端の摩耗状態の観察を行った。その結果を図4に示す。先端はいずれの条件でも欠けの無い安定摩耗となっており,工具の摩耗形態に明確な差は見られない。以上より,今回の実験条件においては,工具の長寿命化や抵抗力の低減への効果を得ることができなかった。

そこで,超音波加振による効果が得られなかった理由について考察を行う。前述のとおり,既存の広島市の研究では,インコネル718の切削加工において超音波加振による20~50%の抵抗低減が報告されている。またこの研究では,加工機の主軸に超音波振動ユニット取り付けることで工具側を加振している15)。加振の対象を工具とするか被削材とするかは,原理的には切削現象に影響を与えないと考えられるが,実際の運用にあたっては意図した振動が付与できていない可能性があると考え,振動の様子を数値計算にて調べることとした。図2に示す形状に対してxy方向の対称性を考慮した3Dの1/4モデルを作成し,ANSYS Workbench Mechanical v18.2にて時刻歴応答解析を行った。テーブル下面に対して振幅1µm,周波数20kHzの正弦波状の強制変位を与え,ねじ留めされている直径4mmの面のみをボンド接続とし,その他の接触面は摩擦なしとして衝突拘束を使用した。加振開始から1.5msec.後の振動の様子を図5に,座標原点におけるz方向変位の時間変化を図6に示す。尚,見やすさのために,実際の計算結果に対して変位を580倍に拡大して表示していることに注意を要する。テーブル下面の加振に対して,被削材には振幅5µm,周波数5kHz程度の周期的なホップ運動が発生し,意図した超音波振動を与えることできていない可能性が示唆された。今回行った超音波加振の実験ではz方向の抵抗力が途中から増大しており,数値計算の結果はその原因の説明の一助ともなり得る。ただし,広島市の研究とは加振方法のほかにも,加振周波数や工具径,切削の条件にも違いがあるため,意図した振動の付与が可能な固定方法の改良を含め,効果が得られる条件の探索は今後の課題と考える。

図3 超音波の有無に対する抵抗力の比較
(実線: 超音波なし,破線: 超音波あり)
図4 工具摩耗観察結果
(a)超音波なし,(b)超音波あり
図5 数値計算で得られた振動の様子
図6 座標原点におけるz方向変位の時間変化

3 最適な切削油剤の選定

一般に切削油剤を導入する目的は切削点の冷却と潤滑である。緒言でも述べた通り,昨年度の実験結果6)から工具摩耗と抵抗力の相関が得られており,今年度は油剤の持つ潤滑性能についてより調査を深めることとした。実験においては,切削加工に用いる油剤を複数選定し,抵抗力を比較することで最適な油剤の選定を行った。

3.1 実験方法と条件

実験には,当センタ設置の五軸マシニングセンタ(アジエ・シャルミ社製 HSM-400ULP)を使用した。本実験においては,7種類の油剤の交換と交換後の切削加工を幾度も繰り返す必要があるが,工作機械付属のタンク容量が200リットルと大きく,そのままの仕様では油剤の交換が困難である。そこで,容量20リットルのタンクと循環ポンプを加工機に別系統で新設し,油剤の交換作業を容易に行えるよう改良を施した。また油剤を交換する際には,異なる油剤同士の混合を避ける目的で,油剤A→実験→水道水→油剤B→実験→水道水→油剤C→…というように,水道水での置換を一度挟むこととした。

今年度は,難削材に適した切削油剤から,水溶性エマルジョンタイプのものを7種類(以下,油剤A~Gとする)選定した。水溶性エマルジョンタイプの切削油剤は液濃度により潤滑性能が変化するため,推奨使用濃度が指定されている。本実験では,全ての油剤において推奨使用濃度の範囲に収まる12±0.5%に調整した。また,油剤の供給量は30cm3/sec.とした。

図7に実験装置の外観を示す。被削材の大きさは60×60×30mmとした。切削抵抗の測定には3成分切削動力計(KISTLER社製 9256C2)を使用し,検出分力の方向成分を切削加工機のそれと一致するように調整して,その上に被削材を固定した。使用した工具は,図8に示す6.0mmの2枚刃スクエアエンドミルで,ダウンカット方式で加工を行った。その他の加工条件は表2に示す。尚,油剤を変更した全ての実験条件に対して,新品の工具を用いた状態を切削距離0と定義した。

項目設定値
工具回転数[min.-16500
切り込み量[mmap1.0/ae0.1
送り速度[mm/min.250
表2 加工条件
図7 実験装置の外観
図8 実験に使用した2枚刃のスクエアエンドミル

3.2 結果と考察

まず切削距離を3000mmとして,7種類の油剤に対する抵抗力の違いを調べた。その結果を図9に示す。図3の時と同様に,スクエアエンドミルによる切削加工ではy方向の抵抗力が支配的であり,その方向は図7に示す座標系の負の方向を向くため,本章以降の議論には符号を反転させた抵抗力のy成分-Fyを用いる。被削材は送り方向に60mmの長さを持ち,工具の送り速度を250mm/min.としたため,1パスの加工には約14秒かかる。プロットに用いた抵抗力は,1パスのうち中心付近の10秒間の平均値で,1パスの切削長さ60mm毎に表示している。どの油剤を用いた場合にも,切削距離が長くなるに伴って切削抵抗が大きくなり,油剤による違いが顕在化する。切削距離3000mmにおいて,抵抗力が最小であった油剤Aに対して最大であった油剤Gでは約1.5倍の違いがあり,油剤の選定が工具寿命に影響を及ぼす一因であることを示唆している。

 そこで次に,抵抗力が最大,最小であった油剤Gと油剤Aについて,切削距離を6倍の18000mmまで長く加工した場合の抵抗力について調べた。尚,7種類の油剤に対する抵抗力の違いを調べる実験とは別に,本実験に対しても新品の工具を用いたことを再掲する。実験結果を図10に示す。まず,切削距離が3000mmまでは図9に示す値と同等の結果であり,再現性が確認できる。その後,両者ともに切削距離が長くなるに伴って抵抗は増大するものの,最終的に切削距離18000mmにおいては抵抗力として2倍程度の違いが生じ,切削距離を伸ばしても油剤Aの方がより抵抗が低いまま加工を行うことできた。

油剤の違いによる工具寿命の評価を行うべく,切削距離を18000mmとした実験の終了後に,油剤AとGを使用した実験に用いた工具の側面刃の刃先ニゲ面をマイクロスコープにて観察した。その結果を図11に示す。すると,抵抗力が小さかった油剤Aを用いた場合の工具には目立った欠けが観察されなかった一方で,抵抗力が大きかった油剤Gを用いた場合の工具には図の赤丸部において欠けが発生していた。すなわち,油剤による潤滑性能が乏しい油剤Gにおいては,切削点において高い抵抗力を受けるため,工具の損傷が激しく工具寿命が短くなったと考えられる。

では,油剤に対する抵抗力の違いは,どのようなメカニズムによって生じたのかについて考察する。そもそも今回測定している抵抗力とは工具が被削材に対して与えた力であり,工具は被削材から受けるその力の反作用によって損傷する。それらの作用点である切削点を介した力の大小に油剤の種類の違いが関わっているということは,エマルジョン状の油剤の持つ(流体)力学的特性の違いに起因するものと仮定し,その特性について調べてみることとした。

油剤が流れる際にはたらく力には,圧力・粘性力・重力・表面張力が考えられるが,それらの中でも切削点近傍の小さなスケールにおいて油剤の物性が関わるものとして,粘度と接触角を測定した。測定にはそれぞれレオメータと接触角計を用いた。接触角は直接的な表面張力の測定ではないが,その結果として現れる濡れの効果を調べることに対応する。測定結果を表3に示す。表3における「油剤」は実際に切削点に噴射される濃度12±0.5%に調整されたエマルジョン状態のものを指し,「油」は水と混合される前の油単体を指す。接触角については,エマルジョン状態でも油単体としてもAとGの間に大きな差は見られない。すなわち油剤が工具または被削材に付着してから濡れ拡がる速度の大小が切削点の潤滑を左右しているようには考え難い。一方で粘度について見てみると,エマルジョンとしての粘度には大きな差はないものの,油単体としては1.5倍程度の違いがある。ここで切削油材のエマルジョン状態とは水の中に油が滴(粒子)となって分散している状態であることを思い出し,レーザー回折散乱式粒度分布測定装置によって分散した油の粒度分布を測定した。その結果を図12に示す。横軸は油滴の粒径を,縦軸は個数分率を示しており,両軸とも対数表示としている。油剤Aは油剤Gに比べて0.02~0.04µm程度の小さい径の油滴を2倍以上多く含んでいることが分かる。先述の粘度の違いからも,それぞれの油滴に働く粘性力が異なるため,切削点近傍における油滴の流動には,油剤Aと油剤Gとの間で違いが現れるものと想像される。現在得られている結果からはこれ以上の考察はできないが,これらエマルジョンの分散状態や油剤の力学的特性に着目することで,油剤の効果の違いが説明できる可能性はある。

以上をまとめると,用いる油剤の種類によって抵抗力には明確な違いが現れ,その抵抗値の大小は工具の欠けや摩耗状態といった寿命に関する現象の違いに反映されることも確認できた。またその油剤の違いと切削抵抗の間には,エマルジョンとしての油剤の力学的な特性が関わっている可能性があり,今後さらなる検討が必要であると考える。

 油剤A油剤G油A油G
接触角[deg.37.233.019.619.6
粘度[mPa・s]1.61.5230360
表3 切削油材の力学的特性
図9 7種類の油剤に対する抵抗力の比較
図10 油剤AとGを用いた場合の抵抗力の比較
図11 工具摩耗観察結果
(a)油剤A,(b)油剤G
図12 分散した油の粒度分布

4 加工高能率化の検証

耐熱合金が使用されるジェットエンジンやロケットなどの部品の形状は薄肉のものが多く,除去加工される際の部品体積に対する切りくず体積の比は著しく大きい。低コストで高能率な加工を行うためには,単位時間あたりの材料除去量の向上を目的として,工具形状と油剤の選定も含めた加工条件の最適化が必要となる。

今年度は,研究開始前の状態の約3倍となる工具寿命3×104mm3,加工能率300mm3/min.を目標値として設定したが,前章での検討においては表2に示す切り込み量と送り速度から算出される加工能率は25mm3/min.]と,目標値の1割にも満たない。それにも関わらず,切削距離を18000mmとして油剤Gを用いた場合における除去量は1.8×103mm3にも関わらず,工具に欠けが生じてしまった。そこで本章では,長い工具寿命と高い加工能率を追求すべく,工具の刃数と送り速度を大きく設定し,目標達成に向けた検討を行うこととした。

4.1 実験方法と条件

前章で用いた工具は図8に示す6.0mmの2枚刃スクエアエンドミルであったが,本章では図13に示す6.0mmの6枚刃スクエアエンドミルに変更する。両者の違いは刃数だけではなく,2枚刃のエンドミルのねじれ角が30deg.であったのに対して,今回使用の6枚刃のエンドミルのねじれ角は45deg.である。ねじれ角が大きな工具は,単位長さあたりの切れ刃にかかる負荷が減少するため,工具寿命は長くなることが期待できる。また表4に示す加工条件の中でも,深さ方向の切り込み量apと送り速度を,それぞれ表2の6倍,約3倍とすることで,加工能率においても目標の達成が可能となる。尚,回転数と送り速度は6枚刃の工具に対する慣用の加工条件よりもはるかに高く設定されている。目標とする工具寿命3×104mm3を評価するべく,切削距離はそれを超える54000mmと設定し,前章の結果を踏まえて切削油剤には油剤Aと油剤Gを採用した。被削材のブロックは60×60×30mmとし,ダウンカット法により加工実験を実施した。

項目設定値
工具回転数[min.-1]6500(2100)
切り込み量[mm]ap6.0/ae0.1
送り速度[mm/min.]700(250)
表4 加工条件(( )は慣用条件)
図13 実験に使用した6枚刃のスクエアエンドミル

4.2 結果と考察

前節に示した条件で加工実験を行った後の,工具の摩耗状態の観察結果を図14に示す。どちらの油剤を用いた場合においても目立った欠けはなく,1本の工具で加工を終了することができた。すなわち,ねじれ角が大きく刃数の多いエンドミルを選択することで,加工能率420mm3/min.で除去量3.24×104mm3の加工を行うことができ,目標を達成することができた。

ここで図14の結果を詳細に観察すると,欠けこそ確認できないものの,油剤Aを用いた方が油剤Gを用いた場合に比べて,摩耗の程度が大きいように見える。そこで,前章と同様に抵抗力-Fyの切削距離に対する変化を調べた。その結果を図15に示す。プロットに用いた抵抗力は前章同様に,1パスのうち中心付近の10秒間の平均値である。切削距離15000mm]程度までは,どちらの油剤を用いても抵抗力に大きな差は見られないものの,その後距離を伸ばすほど,油剤Aを用いた場合には油剤Gを用いた場合に比べて抵抗力が大きくなることが分かる。この結果は,前章でのねじれ角30deg.で2枚刃のエンドミルを用いた場合とは傾向が逆転している。表2と表4を比べると,実験においては工具の形状のみならず切り込み量にも違いがあるため,図15の結果だけでは油剤の効果の逆転現象の原因を特定することができない。そこで,切り込み量apの値を6.0から1.0へと変更することで切削条件を同等とし,工具形状の差のみの評価ができる条件で追加実験を行った。尚,2枚刃の場合に比べて6枚刃の場合には,回転数は同じで送り速度が約3倍であるため,1刃あたりの送り量については同等な条件となっている。図16にその結果を示す。切削条件を同等としても,油剤の効果については図15と同様の傾向であるため,逆転現象は工具形状に起因することが確かめられた。すなわち,工具の形状によって最適な油剤は異なることが分かった。

前章での考察では,油の持つ粘度と油滴の粒度分布の違いから,切削点近傍における油滴の流動に違いが現れる可能性を指摘した。本実験では,用いた油剤は同じであるにも関わらず,油剤にとっての流路を決定する工具形状の違いによってその効果が逆転したことから,油剤の流れ自体に違いが生じた結果として潤滑性能に変化が起きている可能性が考えられる。ただし,上述の議論はあくまで仮説の域を超えず,これらの検証には今後さらなる詳細な実験が必要であることは筆者らも承知している。

図14 工具摩耗観察結果
(a)油剤A,(b)油剤G
図15 6枚刃,ap6.0条件での抵抗力の比較
図16 6枚刃,ap1.0条件での抵抗力の比較

5 結言

耐熱合金の切削加工における最適な油剤の選定を目指し,工具先端の摩耗状態と切削抵抗力に着目して超音波援用加工の検証と複数の油剤の比較を行った。また,研究開始前に状態に対して約3倍の工具寿命と加工能率を目標として,それらを達成できるような条件についても調べた。

まず超音波発生装置によって被削材を加振することで,抵抗力低減を狙った切削加工を行った。その結果,工具軸に垂直な方向の抵抗力については加振なしの場合とほとんど違いが見られないだけでなく,工具軸方向の抵抗力については加振を行った方が途中から増加した。そこで,被削材の超音波加振を模擬した数値計算を実施したところ,加振テーブルに対してねじ留めしていた被削材が低周期のホップ運動をする結果が得られた。したがって,被削材が加振テーブルに十分固定できていなかったことが原因の1つとして示唆された。

 次に7種類のエマルジョン状の切削油剤を用意し,抵抗力を比較することで最適な油剤の選定を行った。切削距離の増大に伴って油剤による抵抗力の差は大きくなり,抵抗力が最小であった油剤Aを用いた場合に比べて抵抗力が最大であった油剤Gを用いた場合には,約1.5倍の抵抗力の違いがあった。そこで抵抗力が最小及び最大であった油剤A及び油剤Gを用いて,さらに切削距離を長くした実験を行ったところ,油剤Gを用いた場合には工具に欠けが発生した一方で,油剤Aを用いた場合には欠けを生じずに加工を終えることができた。また距離を伸ばしても抵抗力の大小に違いはなかった。結果の違いに関わる因子を考察すべく,油剤Aと油剤Gの力学的な特性について調べたところ,エマルジョンに含まれる油滴の粒度分布と,その油の粘度に違いがあることが分かった。以上より,油剤の違いによって工具寿命や抵抗力には明確な違いが現れ,その現象にはエマルジョンとしての油剤の力学的な特性が関わっている可能性が見出された。

これまでの加工条件では目標とする工具寿命と加工能率を達成することはできなかったため,工具形状と加工条件を変更することとした。ねじれ角が大きく刃数が多いエンドミルを選定し,送り速度を高く設定した結果,工具先端の欠けもなく目標を達成することができた。ところが,油剤による抵抗力低減や工具摩耗の効果については,ねじれ角が小さく刃数が少ない場合と比べて逆転した。そこで加工条件を揃えて,工具形状のみが異なる条件で再度実験を行ったところ,工具形状の違いによって最適な油剤が異なることが分かった。油剤と抵抗力の関係についての解明は,今後の研究課題である。

以上より,目標とする工具寿命と加工能率を達成し,最適な切削油剤が工具形状に依存することを明らかにすることができた。

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